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東京地方裁判所 平成3年(ワ)6956号 判決 1992年7月16日

原告

瀬尾和也

右訴訟代理人弁護士

小林美智子

中園繁克

平沢郁子

武藤元

被告

茂木源和

右訴訟代理人弁護士

井堀周作

小澤治夫

主文

一  原告の主位的請求にかかる訴えを却下する。

二  原告の予備的請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は、訴外朝日九段マンション管理組合に対し、金八七一万九九〇〇円及びこれに対する平成三年六月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、金六万六三六一円及びこれに対する平成三年六月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求原因)

1 当事者

訴外朝日九段マンション管理組合(以下「訴外組合」という。)は、東京都千代田区北一丁目九番五号所在の朝日九段マンション(以下「本件マンション」という。)の区分所有者により組織された法人格のない団体であり、原告被告はいずれもその組合員である。

被告は、平成二年三月四日の定期総会において、訴外組合の理事に選任され、理事間の互選により理事長となった者である。訴外組合の理事長は、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)二五条の管理者であり、その権限は同法二六条に定められているとおりである。

2 衛生放送アンテナ設置(以下「本件設置」という。)工事費用支出について

(一) 訴外組合は、平成二年三月四日の定期総会(以下「本件総会」という。)において、本件設置及び平成元年一二月一日から平成二年一一月三〇日までの訴外組合の第一二期予算にこの費用として八七〇万円の予算を計上する旨の決議をし、訴外組合の第一二期の決算書によれば、同期間中に三〇九万円を支出している。

(二) 本件設置工事には、幹線・分岐線は既存のケーブルを使い、分電盤内の機器は新設するという形で、各階に増幅器を設置する工事を含んでいた。訴外組合の規約の五条(管理物件)によれば、組合が管理する共用部分には、電気室、変電室、発電気室、配電盤室、電気設備、配線配管、屋上、躯体が含まれているので、衛生放送アンテナ設置工事は、共用部分に手を加える工事である。

したがって、本件設置工事をするためには、区分所有法一七条一項により、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議で決することが必要である。

(三) ところが、本件総会においては、本件設置工事の具体的な工事内容についての説明がないまま決議がされたので、正しく本件設置工事実施の可否を問う決議とはいえない。また、議長は反対の者について採決をとる方法によって決議し、棄権者と賛成者を同視して賛成多数としたのであるが、棄権者を賛成者と同視することはできないから、結局、本件決議については賛成者の数を確認せずに決議の成立を宣言したことになる。

したがって、右決議は無効であり、前記三〇九万円の支出は、決議がないまま支出された違法な支出である。

3 弁護士費用の支出について

(一) 訴外組合の第一二期決算書によれば、訴訟費として一二〇万円が支出されており、更に平成二年一二月中に一〇〇万円が支出されている。これらは、次の八件の訴訟について弁護士に支出した費用である。

(1) 東京地方裁判所平成元年(ワ)第六一八五号

(2) 同平成元年(ワ)第一六〇八三号

(3) 同平成二年(チ)第一号

(4) 同平成元年(ヨ)第二〇九九号

(5) 同平成二年(ヨ)第二〇〇七号

(6) 同平成二年(ワ)第六三〇六号

(7) 同平成二年(ヨ)第四四一八号

(8) 検査人選任の上申

(二) 被告は、区分所有法二六条四項によって必要とされる規約又は集会の決議による授権がないのに訴訟を行ったので、右支出は違法な支出である。

4 誘導灯及び非常灯取替え工事(以下「本件取替え工事」という。)について

(一) 訴外組合の第一二期の決算書によれば、訴外組合は、修補積立金の中から、本件取替え工事代金として三四二万九九〇〇円を支出している。

(二) 訴外組合の管理規約一三条三項により、修補積立金の支出は、総会の決議を得るべきことが定められている。訴外組合は、事前に予算に計上して総会の決議を得ないで右支出をしたので、右支出は違法な支出である。

5 被告は、右2ないし4項の違法な支出をし、これによって訴外組合に合計八七一万九九〇〇円の損害を被らせた。

6 商法等会社法では、株式会社の取締役の責任を追及するため会社を代表して訴訟を提起する権利(商法二六七条)など少数株主権が定められている。多数決によって構成員個々の利益が害される結果を是正し、少数者を保護する必要は区分所有法に基づく管理組合においても認められるべきであり、憲法一三条及び二九条に照らしても、商法の規定の趣旨の類推によって少数株主権と類以の保護が区分所有者にも与えられなくてはならない。なお、この類推に当たっては、区分所有法に基づく管理組合は、株式会社と異なり少数者の権利が濫用されて商取引が阻害される危険がないのであるから、少数者に保護を与えるための資格制限を設ける必要はなく、すべての区分所有者に少数者に対する保護を与えるべきである。

したがって、原告は、被告に対し、訴外組合員として有する訴外組合の総会の決議や取締役の業務執行を監督是正する権利(以下「監督是正権」という。)に基づき、訴外組合の被った損害の賠償として八七一万九九〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を訴外組合に対して支払うよう求める。

7 仮に、右の請求が認められないとしても、訴外組合の財産は、潜在的には組合員の共有財産であるから、原告は、被告に対し、民法二五二条但書に基づき、訴外組合の財産を保存するため、不法行為による損害賠償として八七一万九九〇〇円及びこれに対する前述の平成三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を訴外組合に対して支払うよう求める。

(予備的請求原因)

8 仮に、主位的請求が認められないとしても、被告は、訴外組合の管理者として各組合員との間に委任契約に基づき善良な管理者としての義務を負っており、これに違反して違法な支出をした債務不履行により、原告に対して、原告が訴外組合の財産に対して潜在的に有している六五七分の五の持分を侵害し、損害を被らせた。また、前同様、原告は、民法二五二条但書により、共有財産の侵害行為に対し、保存行為として、不法行為による損害賠償を請求することができる。さらに、前同様、原告は、監督是正権に基づいて、原告が被った損害の賠償を請求することができる。

よって、原告は、被告に対して、民法六四四条の債務不履行又は不法行為による損害賠償として、又は監督是正権に基づき、八七一万九九〇〇円の六五七分の五に当たる六万六三六一円及びこれに対する前述の平成三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の(一)の事実は認める。

2  同2の(二)のうち、本件設置工事の内容及び本件設置工事をするためには、区分所有法一七条一項により、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議で決することが必要であるとの事実は否認し、その余は認める。

本件設置工事は、共用部分の管理行為(区分所有法一八条)又は改良を目的とし、かつ、著しく多額の費用を要しないもの(同法一七条)である。

3  同2の(三)の事実は否認する。

4  同3の(一)の事実は認め、同3の(二)の事実は否認する。

5  同4の(一)の事実のうち、訴外組合の第一二期決算書において、修繕積立金の支出項目中に特別補修工事実績として本件取替え工事代三〇六万九四〇〇円、非常電源劣化に併う取替え代三六万五〇〇円、合計三四二万九九〇〇円の記載があることは認め、その余は否認し、同4の(二)の事実は否認する。

6  同5の事実は否認し、同6、7は否認ないし争う。

7  同8の事実は否認する。

訴外組合は権利能力なき社団であり、被告は、権利能力なき社団たる訴外組合の代表者として訴外組合との間に委任関係が生じているのであり、各区分所有者との間に委任関係はない。

第三  証拠<省略>

理由

第一主位的請求について

一原告は、自らが被告の訴外組合に対する損害賠償を請求する根拠について、第一に、監督是正権に基づいて請求すると主張するので、原告にこのような権利が認められるかを判断する。

区分所有法は、区分所有者相亙の権利関係並びに建物及びその敷地等の共同管理について定めた法律であるが、共用部分の変更(一七条)、共用部分の管理(一八条)、管理者の選任及び解任(二五条)、規約の設定・変更及び廃止(三一条)、管理組合法人の事務の執行(五二条)、管理組合法人の解散(五五条)、滅失した共用部分の復旧(六一条)、建物の建替え(六二条)等共同管理に関する主要な点について、すべて集会の決議によって定めるとし、集会については、その招集手続、進行手続、議決方法、議事録の作成、議決の効力等について詳細な規定を置いている(三四ないし四六条)。このように、区分所有法は、建物の管理等について各区分所有者の意思が対立することがあるとしても、集会によって十分な討議をした上で多数決によって統一の意思を形成し、区分所有者の共同の利益を図ろうとしている。

これに対し、原告の主張する監督是正権など少数者の権利を認めることは、このような区分所有法の建前に対する重大な例外であり、建物の円滑な管理を阻害し、さらに濫用される危険もあることを考えると、その内容や要件について何らの具体的な規定もないまま、一般的に商法等を類推してこれを認めることは到底できないというべきである。

なお、区分所有法においても、前記のとおり決議に至るまで集会で十分な討議ができるよう規定が置かれていること、建物の滅失に際し共用部分を復旧する決議をした際(六一条七項)及び建物の建替え決議の際(六三条)等、部分的には決議に反対した者との調整を図る規定も置かれていること、規約によれば区分所有法にない制度を定めることもできる(三〇条)ことなどに照らすと、このように解しても、決議に反対した少数者の利益を著しく害し、憲法一三条や二九条に反するとはいえない。

商法等いわゆる会社法は、株主総会の形骸化等の問題を背景として、多数決主義についての重大な例外として少数株主権を認め、その権利の内容や要件についても多数決主義との均衡を保つため慎重な規定を置いているのであって、会社法が少数株主権を認めているからといって、多数決原理によって運営される団体について、当然に一般的に個々の構成員の利益を害する結果を是正する権利が認められるべきであるとはいえない。

したがって、原告には、その主張する監督是正権に基づいて、被告に対し、訴外組合に対して損害賠償を支払うよう請求する権利はないから、当事者適格がなく、右を理由とする訴えは、不適法というべきである。

二次に原告は、民法二五二条但書に基づき、保存行為として、被告に対し、訴外組合に対して損害賠償を支払うよう請求すると主張するものと解される。

しかし(訴外組合は、後記のとおり権利能力なき社団と認められ、これについて民法の共有についての規定は、当然には適用されないが)、そもそも、民法二五二条但書は、共有物の保存行為に関し、訴訟上の当事者に対し、自己に対して共有物の保存行為をすべきことを求める根拠にはなり得ても、第三者に対して共有物の保存行為をすべきことを求める根拠とはなり得ないことは、明らかである。

その他、原告において、被告に対し、共有物の保存行為として、訴外組合に対して損害賠償を支払うよう請求し得る権利は認められない。

したがって、右を理由とする訴えもまた、前同様不適法というべきである。

第二予備的請求について

原告は、被告の原告に対する民法六四四条の債務不履行又は不法行為を理由に、原告個人の損害の賠償を請求するものと解される。

ところで、訴外組合は、区分所有法第三条の組合であり、議決機関として集会、執行機関として管理者という団体としての組織が法定され、集会においては多数決の原則が行われ、また、団体の構成員である区分所有者の変更があっても区分所有関係が継続する限り団体が存続し、その他代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が区分所有法自体によって確定しているうえに、<書証番号略>によれば、規約が定められており、<書証番号略>によれば、数名の理事によって構成される理事会があり、更にその中から互選によって理事長が選任されていることが認められる。

これらの点に照らせば、訴外組合は、権利能力なき社団と認められ、そうすると、訴外組合の財産は、訴外組合の総構成員のいわゆる総有に属し、構成員は、当然には右財産に対し共有持分権又は分割請求権を有するものではない。

したがって、仮に、被告が違法な支出をして訴外組合の財産に損害を与えたとしても、その損害の総額のうち原告の持分に当たる分を当然に原告個人の損害ということはできず、同様に民法二五二条但書により、原告主張の不法行為による損害賠償請求をすることもできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

また、原告は、監督是正権に基づいても原告個人の損害の賠償を請求していると解されるが、原告に監督是正権が認められないのは前記認定のとおりであるから、この請求に理由がないのも明らかである。

第三結論

以上によれば、原告の主位的請求にかかる訴えについては、不適法であるから、これを却下し、予備的請求については、理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅野正樹 裁判官小川浩 裁判官中井川純子)

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